仮面ライダーフォーゼ 総括的感想
 劇場版のネタバレあります。





 結論から書くと、どこまでも実験的作品であったなあと。
 成功している部分と失敗している部分が共に多くて、ブレ幅が大きすぎるんですよね。面白いには面白いが、隙も多い作品という感じ。

 その辺を考えるために、番組内で扱われた要素・各パートについて細かく考えてみようと思います。


 すくうるかあすと

 速攻でうやむやになった要素。キング&クイーンはキャラクターとしての背景に大きく関わっている設定でもあるため、この要素がうやむやになったのは彼らのキャラクター的にもダメージ大きかったかもしれない。

 序盤ではものすごくインパクトのある設定として、視聴者を引き付ける役割を果たしたんですけどね。これを活用した話運びもしっかりとしており、「天高」というある意味最もキャラを立てねばならぬ存在の個性付けともなった。
 また、弦ちゃんの「あらゆる存在と友達になる」という主張への障害としても機能しており、これを乗り越えてゾディアーツ被害者や後のライダー部員と友情を育むことで、彼の主張に対する裏付けとしても機能していたのは印象深いところ。

 それだけ有用な設定なのになぜオミットされたのかを考えてみると、

・そもそも日本ではスクールカースト制度に馴染みが持ちづらい
・「障害」としての役回りがホロスコープスへと移行していった

 というのが理由として考えられるんじゃないかと。特に後者は、後々のシナリオへ繋げていくためにも必須といえる話運びであった。
 いってしまえば、園ちゃん先生の正体発覚~橘さんの暗躍へ至るにあたって仮面ライダーフォーゼの打倒すべき対象がスクールカーストからホロスコープスへと変わったわけですね。

 逆にいえば、スクールカースト設定に課せられた役割は序盤の「何だかよく分からないけどとにかく暗躍してる奴がいる」という状況でモヤモヤ感を持たせないことにあったのではないかと、今になっては思えます。

 が、それはあくまでも話の都合であって実際に劇中でフォーゼが「天高生徒全員がスクールカーストなど意識しなくなる環境作り」を行ったわけではないのが、うやむや感を覚えさせるのではないかな。

 とはいえ、それを何とかしたいならもう弦ちゃんが生徒会長にでもなるしかなく、そうなると後のお話も大幅に筋書きを変更しないといけないのであるよな。

 学園設定自体は、スクールカーストが雲散霧消した後も継続して活用されていて良いエピソードいっぱいあったと思う。特に、選抜試験編などは天高の設定だからこそできるエピソードとして記憶に残ったし。


 宇宙要素

 予算の限られるTVシリーズ特撮番組で宇宙モチーフはどうなるのかと危ぶんだものですが、こちらの方は割と最初から最後まで一貫していた感じ。選抜試験編などで宇宙を意識する機会が多かった分、どちらかというと後半の方が多めにフィーチャーされていた感じはする。

 宇宙を意識させる上で大きく貢献していたのはやはり、ラピットハッチの設定およびセットですね。ここを舞台に寸劇するだけで「あ、今弦ちゃん達は月面にいるんだな」と思わせ、宇宙を意識させる非常に優れた手法だったと思います。

 前半はパワーダイザー、後半は超銀河フィニッシュで宇宙を舞台に勝負を決することも多かったですしね。視覚的・作劇的に意識付け続けてきたわけで、フォーゼという番組では最も貫徹された設定であるといえるかもしれない。


 友情について

 キョーダインと立神さんとついでに橘さんは犠牲になったのだ……。

 友情を育む相手が基本的にゲストキャラクターであるため継続的な友情描写が厳しかったり、非殺主人公の難しさに若干屈した感じはある。

 特にキョーダインに関しちゃ、友情を育む努力完全放棄で爆殺しちゃったからね。物語の構造上、どうやってもスイッチなり何なりに操られてるキャラと操ってるキャラが存在してしまうわけで、後者を改心させるのは現実的に考えて不可能だからなあ。残りライフ150になったら急に息子を助けるためにやむなく……と話すくらいの強引さが必要になってしまう。

 キョーダインの場合はそういった悲しい背景が存在せず、理事長に関しては後述なのですが、とにかくテーマがテーマなので性善説的なキャラ設定に限った方が良かったと思う。

 しかし、各話のゲストキャラクターに関しては「問題を抱えたNPCとそれを救済する弦ちゃん」という感じで完璧なお仕事でありました。水戸黄門メソッドに近いものがあるけど、それが故に完成されている。


 理事長について

 器が大きいんだがそうでもないんだかよくわからない人、という印象。

 そうなった原因としては、

・「普通にフォーゼ開発へ協力してた方が効率的かつ平和的だったんじゃね?」問題
・プレゼンターがどういう存在なのか結局核心を突く描写なし

 こんなところが挙げられると思う。

 後者は冬の映画も視野に入れた番組の都合という気がするので閉口するしかないけど、前者に関しては人手・時間・予算のどれでもいいから理屈付けが欲しかったよな~。フォーゼ作ったからといって(賢吾以外は)プレゼンターに会えるわけじゃないけど、少なくとも十数年も高校運営とかしてるよりは生産的だったと思うの。

 それだけ「自分自身で」プレゼンターに会いたいという理事長の意志が強かったと考えてもいいのですが、そう捉えるにはちょいと描写が弱く感じられるんですよね。
 もうちょっと早い段階でプレゼンターに関しては触れて、例えば先着一名様に豪華特典をプレゼントとか実はメッセージを受け取った時点である種の洗脳状態だとか、理由付けを強化して欲しかった。

 とにもかくにも裏打ちが足りず、それによって終盤をとっ散らかしてしまった人物。そんな感じ。


 カニ編

 長い。

 そして、そんな長々と居座ってる割にカニはペガサス編で語られた通りの超小者というどうしょうもなさ。当時の感想でも書いたけど、僕はこの子に全然魅力を感じないんですよね。

 彼のパートをもっと短くして、プレゼンター関連や理事長の動機関連を補強してやれば中盤に物語の核心に迫る謎として話を牽引してやることも出来たし、作品全体の完成度を高めることへ繋がったと思うので、終わってから考えるとこのパートが一番作品全体の足を引っ張っているのかもしれない。


 まとめ

 ちょっとどころではなく辛口な書き方になってしまったけど、意識してそうなったわけではなく、細部を考察していくとどうしても辛口になってしまう隙の多さがフォーゼ最大の問題点であったと思う。
 そしてそれらの「隙」はボトルショーとして扱われる普段のエピソードではなく、物語全体に関わる軸の部分に存在したのが終盤の評価を低くせざるを得ない理由。

 要するに、フォーゼは超一流のボトルショーと穴が多いキャンペーンシナリオを内包した作品であったと、僕の中ではそういう結論になるかな。

 別記事にまでした割にあんまり上手くまとまってないけど、ひとまずフォーゼ感想に関してはこれでまとめとしたい。

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by ejison2005 | 2012-09-14 01:39 | アニメ