ライダー制作陣はもっと過去作品を尊敬して欲しい
 「オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー」を見てきたんですよ。
 まあ、あらかじめコメントで警告されてたし、そもそもテレビでの1000回記念がアレな出来だったんで、そこまで期待はしてなかったんだけど、その低い期待値の、更に低いところを逝かれてしまった感じ。

 主に脚本レベルでの問題点として、小学生でも気づくレベルでのタイムパラドックスが発生していたり、キカイダーさん達が本当に出てきただけだったり、ブラック将軍いつの間にそんなもん用意したという話だったり、電王とオーズの基本設定ガン無視していたり、記憶が時間を作るも何もその記憶がないんじゃろうがという話だったり、というのがあるのですが、でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。


 何より問題なのは、過去のライダー作品に対するリスペクトが圧倒的に足りていないことでしょう。


 これはディケイド終盤で脇役ライダー達が特に必然性も無く爆散していた辺りから顕著だったんだけど、本当にライダー制作陣は過去作品に対する愛が無い。まったく、無い。

 普通に考えたら、皆の憧れであり、思い出でもある正義のヒーローを再登場させるのならば、少しでも格好良い姿を画面に映そうとするでしょう。しかし、ライダー制作陣には、そもそもそんな発想は在り得ません。スカイライダーがディケイド捜しをすれば容赦なくディメンションキックで倒され、カブトとスーパー1がコンビで立ち向かおうものならば、両者の象徴である角とファイブハンドがもげ落ちるという、必要以上に痛々しい倒され方をします。


 もうね。本当に勘弁して欲しい。ヒーローが負ける姿を見るというのが、どれだけストレスを溜め込む行為なのか、ちょっとでいいから理解して欲しい。


 いや、分かる。分かるよ。物語っていうのは基本、逆境から這い上がっていくものだからね。あらかじめピンチを作っておかないと、盛り上がりもへったくれもないからね。


 だからこそ、ちったあ気を使えという話なのです。


 先んじて懐古商法を展開したウルトラマンシリーズにおいては、「ヤプールを封印してたせいでそもそもガス欠寸前」「封印された超兵器を手にした元ベテラン戦士が相手」など、負けてやむなしという状況を用意していました。
 ゴーカイジャーにてこの路線を取り入れたスーパー戦隊は、全宇宙規模の敵組織相手に引き分け(=負けてない)へ持ち込み、変身できなくなっても、客演によって「ヒーロー今だここに在り」ということをアピールしています。

 ……で、え~っと、何でしたっけ? ショッカーグリード……だったかな? えっと……1号2号NEW電王モモタロスが4人がかりで負ける相手なの? こいつ。あと、モモタロスはとっとと変身しとこうな。

 劇中でもショッカーが(何故か持ってた)コアメダルを元に作り出した人造グリードと説明されていただけで、別に、特別高い戦闘力を持つ背景があるわけじゃないんですけど……という。

 絵面的にも実際的にも、ポッと出の新怪人に1号2号が倒されてしまうという、大変に悲しいシーンが展開されてしまっており、これのどこにも「かつてのヒーローに負け戦をさせる配慮」が感じられなかった、ぜ。ポッと出のムササビに倒されてしまったというハカイダーさんも、これには苦笑いでしょう。


 ヒーローは負けません。負けてはなりません。これは大前提であり、宇宙の摂理です。そこを捻じ曲げるというのであれば、何らかの必然性を用意していただきたい。
 これといった理由も無しにボロ負けする姿を見せられて、観客が何を思うのが、作り手にはもうちょっと想像して欲しいのですよ。ましてや、自分達が生み出したキャラクターではないのだから。


 しかも、40周年記念の鳴り物入りで制作された「レッツゴー仮面ライダー」における実際の内容は「レッツゴー少年ライダー隊」だもんなあ……。何故、40周年の記念で制作され、1号が39年ぶりに主演を行うという触れ込みの映画で、少年ライダー隊をメインに据えるのか……。子役の演技が思ってたよりはマシだったのが不幸中の幸いではありますが、この映画を見に来た人が期待してるのはお子様達によるお遊戯会ではなく、ライダー達の活躍するシーンだと思うのですけど……。


 あと、1号2号スーツの胸アーマーは何とかならんかったんですかね。明らかに体の動きと同期しておらず、かなり見苦しい姿になってしまっているんですけど……と思ったら、ここで詳しく解説されてた。
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by ejison2005 | 2011-04-23 03:23 | アニメ