週刊少年ジャンプ 10年 48号 感想
 世はまさに、大売国時代!

 ありったけのチャイナ愛 かきあつめ♪
 謝罪賠償 果たしにゆくのさ♪ 民主♪
 国民なんて 票田のもと♪
 生かさず殺さず しぼり取るのさ♪
 ほこり被ってた 埋蔵金も♪
 確かめたのなら 埋蔵借金♪
 個人的な汚職は 秘書に♪
 責任 全部被せて 友愛しちゃえばいい♪
 ありったけのチャイナ愛 かきあつめ♪
 謝罪賠償 果たしにゆくのさ♪
 日本国の富 それと 領土 権益♪
 みんな みんな チャイナへ♪ 民主♪



 ブリーチ

 そういや、(どうせ復帰するんだろうけど)あのまま死神代行を続けていた場合、一護は将来どうすることになっていたんだろうか。というか、これは正義の味方やってる学生の共通問題か。
 こういう時は、なんか互助組織的なものがあって、そこから資金供給されるのが定番ではあるんだけど、ソウル・サエティにそんな概念なさそうだしな。ルキアはどうしてたんだっけ?

 ストーリー的には、主人公が一応の目標としていたものに到達した後、「これでいいんだろうか? 求めていたのはこういうものなんだろうか?」と自問自答するという、大変王道的で、これだけを単品で見たのなら模範的とさえ呼べるものだったと思います。
 腑に落ちないとはいえ幸せを掴んでるのは間違いないわけで、将来起こるであろう、それを捨て去っての死神復帰イベントで容易にカタルシスを生み出せる構造になっていると思う。


 バクマン。

 関係ないけど、バクマンって来週第108話ってことで、デスノの総話数に並ぶんですよね。関係ないけど。ど。

 本編ですが、「何を描けば…」とか「変わった事なんて何もしてない…」とか言ってた時は、いよいよ学生生活をないがしろにしてきたツケとか、「描きたい漫画があるから」ではなく「漫画家になるために」漫画を描いてきた手段と目的の逆転現象について触れるのかと思っていたら、予想の遥か斜め下に突っ走られてしまった感じです。もう本当、「ああそうですか死ねよ……」って感じ。
 逆に、作中で「こんな恋愛ねえよ……何これ」みたいに総スカンを食らったりしたら面白いかもしれないけど、この漫画の場合、それでも「サイコーがヘボかっただけです」で終わってしまい、「君らの関係おかしいからね」という、得るべき教訓には辿り着いてくれない気がする。

 あと、君らはサイコー一人でやってみるってことを、早めに服部さんへ相談しろよな。向こうは、当然シュージンが原作やると思ってOK出してるんだから。これ、一般的な会社に例えると「○○さんが担当するという話だったのでオファーを出したら、全然違う人間が担当していて、当然ながら求めるクオリティーには達していなかった」という話です。ぶっちゃけ、契約違反レベル。


 エニグマ

 壁壊したところで、「え、ハンター試験のパクリじゃね?」と思ったんだけど、流石にそんなことはなくて安心しました。

 本編ですが、流石にここまで「ピンチ→仲間の能力が判明して助かる」という展開が続いてくると、ドキドキ感が大分減じてしまいますね。なんぼなんでもワンパターンすぎる。
 フードさんがいきなり冷静になってしまった以上、残りのメンツにも不穏分子っぽいのはほとんどいないし、どうにかこのパターンから脱却することを望みたいです。


 トリコ

 小松の変顔は相変わらずキモイけど、トリコのツッコミが入ることでだいぶ緩和されますね。ツッコミ大事。マジ大事。

 ヘビーホールに関しては、事前にグルメ界を体験させていたのが効いていたと思います。最近の展開は、端々にトリコと会長の師弟愛を忍ばせているね。忍ばせすぎていて、修行終わったら会長殺されるんじゃないだろうかと心配になる。


 ポー(トップ・オブ・ザ・スーパーレジェンド)

 話の大筋はすげえ面白いんですよ。いかにもな噛ませ要員であるモヒカン(べん髪?)雑魚達を隠れ蓑に本当のボスキャラから目をそらす、テンプレからは一歩外れながらも筋の通った構成といい、純粋な力試し故、爽やかな読後感を生み出すおっちゃんとの勝負といい。
 不条理ギャグも面白いんですよ。さすが、そのジャンルで長いことジャンプの巻末を支え続けてきただけあって、「どんなオチになるのか分かっていても笑ってしまう」見事なギャグを披露してくれています。
 しかし、その二つを何の工夫も無く悪魔合体させることによって、作品全体としては不協和音を鳴り響かせてしまっているのです。

 例えるならこの作品、お話は「酢」で、不条理ギャグは「油」であり、それぞれ確かに優れた食材ではあるんだけど、それを単純にかき混ぜたところで、「マヨネーズ」は決して生まれないんですよね。
 それをなさしめるためには、「卵」というつなぎの食材が必要不可欠なんだけど、うすた先生は今回、卵たりうる要素を見出すまでには至ってなかったというのが正直な感想です。

 ならば、ここは無理に合わせようとはせずに、拳法なら拳法、不条理ギャグなら不条理ギャグで、どちらか片方をメインに据えた作劇をすべきだったんじゃないでしょうか。別に無理してマヨネーズとせずとも、お酢も油も他に優れた調理方法はいくらでもあるってことですね。

 個人的には、ギャグをもっと抑え目にして、シリアス成分を高めた形でのこの作品を見たかった。大筋は本当に面白かったのだから。うすた先生の過去作品における印象をくつがえす出来だったと思う。

 そんなわけで、トップ・オブ・ザ・スーパーレジェンドの企画趣旨には、今のところもっとも近いところにあった作品だと思います。
 この企画、あくまで僕はそれまでの作家像をひっくり返すような作品を求めている。


 こち亀

 いや、両さんは自分で技術を構築したんだし、その結果として行った交通法違反もきっちり償ったのだから、それをどう扱うかくらいは自由にしてあげようよ……。
 更に、こんな話をするのも野暮ですが、折角、世界的に期待されている成長分野における重要な技術の国内開発に成功したというのに、何も考えず無償で世界中にバラまくというのもどうなんだ?? 鳩山前首相もビックリの暴挙だよ。


 めだかボックス

 仲間よりも大事な自分の気持ちを裏切れば、それはそれは不幸になれるだろうというのはさて置いて、リコール選挙なのに関係ない人が出馬して何の意味があるというのだろうか。

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 ↑あと、飛沫さんめっちゃでかいですね。


 保健室の死神

 弟の友達が来ているということで、とりあえず弟部屋への突撃は控えたものの、しかし、断固としてパンツ丸出しは維持するお姉ちゃんに、いぬまるくん的な何かを感じました。


 逢魔ヶ刻動物園

 先週でも感じた事なのですが、同じ「動物の習性を利用したバトル」だというのに、ハンターのキメラアント編におけるバトル(フクロウゴリラのアレ)と、どうしてここまでの差を感じるというのでしょうか。
 あえて違いを考えると、ハンターでの動物トリビアはバトルの合間合間でスパイス的な使い方をしているのに対して、この漫画は、バトル全編において「私は○○という動物なので××という習性を利用してこのようなことができます」という解説をしている、というのが違いでしょうか。
 バトル展開になる前もそんな感じだったし、この漫画はどこまでも、動物図鑑の知識引用に没している気がする。


 オマケ

 原作一巻終盤、二巻終盤でも感じたことだけど、高坂京介のスーパー説教タイムの退屈さはどうにかならないものだろうか。台詞ばっかりダラダラダラダラダラダラダラダラってあーた……。色々なアングルから見せたりしている演出さんの努力っぷりが泣けるぜ。
 アニメは映像で見せるもの、漫画は静止画を動かすもの、小説は活字でもって読者の脳内に映像を立体視するものであるべきだと、個人的には思うのだがどうか。

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by ejison2005 | 2010-11-02 06:16 | ジャンプ感想