ポケモンアニメがどれだけ偉大なのか真面目に考えてみる
 Fateは文学、CLANNADは人生、ポケモンは文化。
 前ふたつは単なるネットジョークですが、最後のひとつは割とそうであると思っている俺がいる。
 そんなわけで、ポケットモンスターは新作のホワイト&ブラックが発売され、アニメも新シリーズのベストウィッシュ編へ突入。全国のお父さんお母さんが、子供におねだりされないか戦々恐々としている今日この頃です。まさに文化というか何というか、よくもまあ、ここまで我々の生活に浸透してきたものです。

 それというのもまあ、やっぱりアニメ版の影響が強いんだろうなあ、ということで、今回の記事タイトルに繋がるわけですが、アニメの何が凄いって、十年以上もゴールデンタイムを占領し続け、その間、次々と小さなお友達を取り込み、訓練されたポケモントレーナーとして世に輩出し続けていることだよな。そして、成長したお友達は今まさに新たな親世代となって自分の子供にポケモンを買い与えているわけで、脅威の永久機関が世界規模で完成しつつあるわけです。

 僕の子供時代、特に印象深かったのは、やはりポケモンショック事件(※)で、当時を生きていない人間には信じられないことかもしれませんが、あの時は連日、あらゆる報道機関が大々的にこの事件を取り上げたものです。他のアニメが起こしても同じように取り上げられたのではないか? という質問に関しては、密かに同じ問題を起こしていた「YAT安心!宇宙旅行」は全くニュースに取り上げられてなかったとだけ言っておきましょう(ひょっとしたら取り上げられてたかも)。
 マスコミがあれだけ大盛り上がりしたのも、当然、そうするだけの知名度・影響力がある存在だとポケモンについて認識していたことの裏返しであるわけで、社会現象と言われているエヴァさんとかハルヒさんとかはごめんなさいしないといけないよね、というレベルの存在であるわけです。


 ※但し、我が故郷静岡は関東の放送開始より半年経ってから放送が始まったため影響が無かった。なめてんのかと言いたい。


 そして、何といってもアニメ版ポケットモンスターの真に恐るべき点は、アニメによる販促効果・布教効果が、そのまま関連商品への売り上げに繋がるということだよな。
 この辺は、同じくご長寿アニメであるサザエさん、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ちびまる子ちゃんなんかでも同じようなことは言えるのですが、彼らとポケモンとの大きな違いは、最初から販促を目的として制作されているか否か、であるといえるでしょう。
 他のご長寿アニメと違い、ポケモンは最初から商品の広告塔として制作・放送されているわけで、そもそもの原作であるゲームソフトを始め、関連商品による販売戦略には諸葛亮孔明とスターリンぐらいの差があるわけです。
 そこら辺は、僕と同年代の方なら当時、どれだけポケモンカードが売れていたか、友達が所有していたかで考えると分かりやすいと思います。本当、上手いことやったもんだよな。


 そんなわけで、ポケモンアニメは巨額の利益を生み出し続け、完全に我が国の文化として根付いているよね、というお話でした。では、最後に、赤緑発売当時、まさにリアル小学生として当時を生きていたこの私が、アニメポケモンの何が偉大だったかを簡単にまとめ、この記事を終えましょう。


世界観を確立した

 ポケットモンスターが発売された当時、ゲームボーイはかろうじてゲームボーイライトが発売されたかどうかという時期であり、まだまだ、小さい画面・単三電池四本使用・もちろんモノクロ、という初代ゲームボーイが主役を張っていました。
 当然ながら、その表現能力には限界があり、軽快なテキストなどで頑張ってはいたものの、ゲーム単体では、その世界観を確立していたとは言い難い時代だったと思います。
 そこで放送されたアニメは、10歳になると同時に好きな仲間達と各地を旅することが可能で、どういうわけかは知らないがとりあえず金の心配はなく、毎日、大好きなポケモンと触れ合いながら生きていくことが可能という、子供が嫌うものを徹底排除し、スタンド・バイ・ミー的なドリームを成立させたまさに夢のワンダーランド。学園都市さんが苦笑いするしかないくらいに、子供の理想を実現させています。
 これによって、子供達には「ああ……こんな素晴らしい世界だったんだ」と思わせつつも、その親御さんには「ああ……一切の毒気が無いし子供にも安心して見せられるわ」と思わせることに成功しているわけで、まさしく理想的な洗脳教育であるといえるでしょう。

 気がつけっ……! ここぞという時……そんな急所……悪魔はみな優しいのだっ……!

 閑話休題。

 話がズレてしまいましたが、とにかく、子供にはあやふやだった世界観を「こんなに夢と希望が溢れた理想郷なんだよ」と説明し、その子供に商品を買い与える、ある意味真のターゲットであるところの親御さんには、「安心してお子さんに買ってあげられますよ」と喧伝しているわけで、これだけでも、アニメが果たした役割がどれだけ大きいかは説明できるでしょう。


カタカナ日本語の名前を定着させた

 これは同時期に発売された、各種コミックで主人公の名前が主に「レッド」とされていることを考えてもらえれば分かりやすいんだけど、当時、RPG界には、自分の名前を主人公につけるという意味合い以外で、日本語名にするという発想は無かったように思えます。
 それは当時発売されていた他RPGが、上の世界と下の世界を行き来したり、将軍が魚捕まえて爺さんに食わせたり、サラマンダーよりはやかったことに起因しており、要するに、RPGといえば洋風というイメージで、現代日本っぽくはあるものの、完全に日本を舞台にしているわけではなかったポケモンも、それに引きずられていたんだよね。

 しかし、アニメの主人公を「サトシ」とすることにより、オフィシャルでそういう世界観なんですよ、と提示し、「ああ、そういう風に名付けする世界観なんだ」と、子供達に知らしめていたと記憶しています。


捕まえたポケモンは種族呼びが基本になった

 これは、アニメの場合、いちいち手持ちポケモンにニックネームを付けていると混乱するから、という理由が大きかったのだと思いますが、とにかくアニメでは種族呼びが基本だった。
 これによって、アニメ放送前はニックネーム付けてる人間が結構いたのに、放送が開始されるやいなや、こぞってニックネームを付けないスタイルへ転向していったのを覚えています。
 何とも単純な話ですが、まあ、子供だしね。僕も当時、ニックネームを付けるのはダサかったのか! と謎の感銘を受け、データを作りなおして種族名で遊び直したりしたもんです。


モンスターボールの演出が良かった

 これは、当時の人間なら理解してもらえると思うんだけど、赤緑においては、モンスターボールって四つに分解してポケモンを捕獲したり、解放したりしていたんだよね。
 しかし、放送されたアニメでの演出は全く異なるものだった! ……今更、説明不要でしょう。ポケモンをビーム化して取り込むあの演出です。
 それは、漫画などでは「ポケモンを小型化してボール内に格納している」という解釈が一般的だった当時の人間にとっては、あまりにも革命的かつ、格好良い演出だったと記憶しています。
 そういえば、モンスターボールを非使用時は小型化しているというアイデアもアニメが初出でしたね。キーアイテムだけあって、流石に気合を入れて設定したのでしょう。誰が考えたんだか知らないけど、本当に偉大な発想だったよな。



 そんなわけで、銀でポケモン卒業した25歳の人間が懐かしさのままに綴ってみました。
 なんか、書いててホワイト&ブラックが欲しくなってきたけど、スパロボまでには絶対クリア出来んな……。

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by ejison2005 | 2010-09-24 23:27 | アニメ