最近のジャンプ作品は作品モチーフをないがしろにしすぎではないだろうか?
 最近のジャンプ感想内での読み切り作品や新人の連載作品に対する感想において、「別に他の作品モチーフでも話が成立する」とか「作品モチーフに対する取材・考証・フェチズムが足らない」とか、そういった文章を書くことがあまりに多い気がするため、そこら辺の考えをまとめてみる。


 最初に書いておくと、作品モチーフなどというものは、作品に対してオリジナリティを与えるために用意するものなのだと思います。
 そこら辺は、「カラフルな全身タイツをまとった集団が悪と戦う」「バイクに乗ったヒーローが怪人と戦う」などといったフォーマットのもと、毎年新作を作り出しているスーパー戦隊や仮面ライダーにおいて顕著なところで、何せ、彼らは基本的なところから大きな制約を受けているので、「宇宙警察」やら「冒険者」やら「鬼」やら「探偵」やらの、モチーフを与えて差別化を図る以外にない。
 視聴者に飽きられてしまったらそこでシリーズ終了な上、関連玩具を売らなければならないため、彼らはそういった点に対して非常に真摯であり、ひとつモチーフのもと、主人公やら敵組織やら変身後のパワーソースやら、全てを直結させているのが特徴です。特に、関連玩具として販売もされるガジェット関連へは力が入っており、携帯電話と見せかけて筆になったり、バックルそのものがコウモリ型のマスコットキャラクターとなったり、各種探偵グッズとなって情報収集において活躍したりと、いずれにおいても、作品モチーフを色濃く反映した作りになっています。
 話作りにおいてもそれは同じで、例えばシンケンジャーなどは殿様であるレッドのもとに家臣たる他のメンバーが終結し、現代を生きる侍の主従関係でなければ決してできない人間関係が語られていきますし、クウガにおいては、復活した超古代の首狩り族が巻き起こす殺人事件を主軸として物語が進行していきます。よほどプロデューサーや脚本家が迷走していない限り、「そのモチーフでなければ描けない」物語が形作られているのです。


 では、最近のジャンプ読み切り作品や新連載作品はどうなのか?
 フタガミダブルは別に人間へ擬態する怪物が敵でなくても話が成立しますし、KIBA&KIBAはファンタジー世界の騎獣ではなくSF世界のスピーダーでも話の進行には問題なさそうでした。LOCK ONはカメラマンというより性犯罪者を描くことに熱意を傾けていたし、僕がうっかり最終回の感想を書き忘れた四谷先輩の怪談において語られていたのは学校の怪談ではなくキチガイの犯罪行為です。

 こういった、別にその作品モチーフを用いずとも話の展開に支障がないという作品において、どのような問題が発生するのかと言えば、それは、

 オリジナリティがない!

 という問題が生じるのです。だって、別にその世界観を用いる必要のない物語なのだから。
 以前、ジャンプ読み切り作品におけるテンプレートという記事を書いたのですが、本当にこういったテンプレート的なものへ、適当な単語を埋めて完成させているのではないかという作品が、多すぎると思う。確かに定型を知らん人間には何も物語ることはできないけど、それは別にべったりと定型に甘えろって意味ではないはずです。
 何より、無数の作品が溢れているこの時代において、類型的な作品というのはそれだけでそれらの中に埋もれてしまう危険性を孕んでしまうわけで、そういった作品を描くことは、自分の手で墓穴を掘るに等しい行為であるわけです。

 では、どうすればいいのか? ここでそもそもの問題に立ち戻るわけですが、それは、

 作品モチーフを活用すればいいのです。

 分かりますか? 「活」かして「用」いるのですよ。テンプレートを穴埋め的に埋めるため用いるのではなく、それを中心として物語を、作品世界を構築するのです。

 トリコなどはその分かりやすい成功例でして、あの作品は「美味い飯を食べる」ことに全ての要素が直結している漫画です。主人公の職業である「美食屋」もそれを行うために存在しますし、キャラクターのパワーアップも「美味い飯を食べる」ことによって果たされます。敵組織である美食會との戦いも、「美味い飯を食べる」ために行われているのです。
 だからこそオリジナリティが生まれていますし、だからこそ、淘汰の厳しいジャンプ誌上において生き残りを果たしているのです。誰もが認める看板漫画たるワンピースだって、海賊モチーフでなければ語れない物語です。バトル漫画としての面ばかり見られてしまうこれらの作品ですが、お話の進行においては、きっちり「その世界観でなければ成立しない物語」を描いているわけです。

 僕は、ベテラン漫画家さんはもちろんのこと、特に新人漫画家さんに対しては、この「その世界観でなければ成立しない物語」という面をもっともっとも~っと重視して欲しいのです。だって、「その世界観でなければ成立しない物語」なんていうのは、それだけで、読者が作品を手に取る重大な理由足り得るわけですから。無数に存在する作品群の中に置いて、一段高くそびえる尖塔になれる可能性を手にできるわけです。


 これは、いくらか前、どっかの新聞において、何かの大きな小説賞に対してベテラン作家さんがしていたコメントの受け売りですが、創作というのは、無数の同業者が闊歩する原野の中において、自らの領地を切り取るに等しい行為です。いわば国取りゲームです。
 で、あるならば、既に誰かが堅固な城壁を築いてしまった領地を奪おうとするより、まだ誰も手を出していない土地を囲い込み、自分のものとしてしまった方がはるかに容易いことは言うまでもないでしょう。まして、この国取りゲームにおいては、手つかずの土地を己が手にすることによって、オリジナリティという無敵の城塞が手に入るのです。そして、未開拓の地を手にするための便利なツールこそが、作品モチーフなのですよ。


 読者アンケートという名のグフ・カスタムに怯え竦み、作品モチーフという便利ツールの性能を活かせぬまま討ち果たされていくのが、読み切り・新連載作品群の現状であるわけですが、それを打破するEz8は登場してくれるのでしょうか。

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by ejison2005 | 2010-07-16 01:05 | ジャンプ感想